小心者でも言いたいことがある。

公務員として働いていましたが、うつ病になりました。

小心者でも言いたいことがある。

公務員のわたしがうつ病になった理由

こんにちは。中瀬一菜です。

わたしがうつ病になるまでのお話をします。

※同じような症状の皆様、フラッシュバックの恐れがあると思われますので、ご注意ください。

  

 

1 新しい部署、こんにちは

公務員は一か所にずっと留まれることはなく、いままで担当していた仕事の分野も何も問答無用で、ある日突然異動させられます。

わたしも、直接的なきっかけ…一番最初のきっかけは、異動でした。

もちろん、いままで慣れていた分野ややり方、一切が通じない未知の世界です。

それに専門性が高く、異動した初日から「その分野の専門家」的な対応を迫られました。特に研修もなく。

どれくらい専門的かどうかは言葉でうまく説明できませんが、沢山の法律と規則で運用していて、役人向けの解説書があるくらい複雑な制度、くらいでしょうか。…現役の公務員の方にはあまり説明になっていないですが…お察しください。

これはお役所あるあるかもしれません。新年度当初の公務員には優しく接してくださいね…

 

自分で勉強して、怒られて、勉強して、何が分からないかも分からない中、走る感覚。前任者が近くにいましたが、年間スケジュールの引継ぎだけを受けて以上終了。細かなノウハウやマニュアルは一切ありませんでした。これもまた自分で勉強です。

ひとつ分からないことが出ると、とにかく時間がかかりました。

まず自分で調べる、勉強する、前任者や仲間の都合を見つつ、端的に質問する。異動後しばらくして、マニュアルも兼ねた自分専用の引継書(自分の後任者にあてたもの)の作成を始めました。それくらい何もありませんでした。

もう、まさに「何が分からないか分からない」です。地雷原を木の杖一本で慎重に歩く感覚…って実態にそんなことしたことないですけど…小娘なりに気を付けなければいけない箇所は感覚というかちょっとの経験を総動員して、察していたので大きな間違いはなくお仕事で来てましたが…奇跡だと思います…

 

さらに。わたしが異動したタイミングがこれまた悪かったです。

ある事業が、前年とは異なる進め方になってしまい、作成するモノが新規に増えてしまいました。

中間管理のような仕事だったので、上と下に挟まれて、てんやわんやでした。なんとかしがみつくように、勉強して、質問して、回答して…を繰り返しました。

 

そうしているうちに、体調がどんどん悪くなっていきました。

蓋をしていたはずの文句や苛々がどんどん膨れ上がっていきました。

前任者はどうしてあんな中途半端な引継ぎだけして終わったの?

というかマニュアルは? せめて前年の資料くらい作り方が分かるように残してよ!

質問しても一緒に考える? アンタ、去年一年何してたの?

上も下も、ぐずぐずぐずぐず。何を聞いても、言ってもはっきりしない。

その割に締め切りや、提出物には煩い。ちょっとまえに様式の差し替えだしたくせに!

 

一度、不満が爆発して、前任者と衝突したことがありますが、何も変わりませんでした。ちょっとその場の空気が凍っただけです。

中瀬「○○なんて仕事、知りらないですよ~」同僚と愚痴を言い合う

前任者「(会話に真顔で割り込み)中瀬さん、その仕事、教えましたけど」ズバッ

中瀬「(血の気が引く)アッそうですかぁ~?」すっとぼけ

まあこんな感じです。

あとから本当に教えられているのか???(逆切れ)と思いつつ、ぺらぺらの引継ぎ資料を捲ってみると、最後の方にほんの数行だけ書いている仕事でした。教えたって…それはこういう仕事があるという存在を知らせただけでは…???よく教えたって言えるよな!

これくらいのことは衝突とは言わないかもしれませんが、わたし的にはここまで真正面からぶつかったのは入庁以来初めてでした。

 

一方で、仲間はてんやわんやな状態のわたしを見て、味方になってくれました。唯一の救いは、仲間がいたことでした。でも、その仲間もパンク状態。頼ることはできませんでした。

ちなみに、上司はわたしの様子を見ていたとは思いますが、特に助け舟はなく、むしろもっとやれよという感じ。というか、部下の仕事内容を把握していないようで、たびたび無茶ぶりがありました。

 

今思えば、そもそも異動前の部署でいささか仕事をさばき過ぎたのかもしれません。

前の部署の前任者は非常にこまめな方でしたが、わたしよりもずーーーっと年上のお姉さまでした…ということはそれなりのお仕事をさばいていたということで…それをわたしはこなしちゃったんですよね…

「こういう仕事ができる職員」という色がついてしまったから、「こういう異動」になったんでしょう。

 

なにはともあれ。かくして、わたしはうつ病になってしまいました。

わたしは自分の人生が終わるかもしれない病気を背負ってしまいました。

 

おそらくですが、公務員がうつ病になるってこんな感じの状況がテンプレな気がします。

誰かに仕事が集まって、うまく無理です!っていればいいのに、さばけてしまうだけの自信とか能力とかテクニックがあるから、ひとりで抱え込んでしまう…特に異動後の環境が大きく変わった後は…的な。

公務員であっても、このあたりは普通の企業様と一緒では? なにもかも平等に仕事をしていて、男女も平等、ブラック企業とは一番縁遠いとかそういう印象があるかもですが、そんなわけないです…

…独り言ですが、お国というか、お上というか、我々のような公の利益のために尽くし、あらゆる法や規則や制度を運用する者が働く場ですらこんな状況なのですから、現在蔓延っている悪しき働き方云々が良くなるってそれは………あとはお察しくださいませ。

 

 

2 どこまで我慢すればいいですか?

もともとの性格が、妙に優等生気質で神経質で潔癖症というのもありました。

それに、自分が我慢すればいい話なら、相手には好きにさせるという謎の自己犠牲感も相まって、この病気につながった感があります。

 

どこまで我慢すればいいんだろう?

人はどこまで我慢するものなのだろう?

 

休みがちになって、よく考えていました。

フラフラの状態なのに、自分目線で自分のことを考えられませんでした。今なら、自分第一に考える自信はあるんですけど…時すでに遅し。

 

病院で医者に言われたことですが、「それは会社が考えることですよ」のたった一言で、ちょっと変わることができました。

なんでもかんでも自分の悩みとして抱え込んで、自分を自分で傷つけて、その挙句、どこまで我慢すればいいの?なんてもはや茶番です。

ほんとうに、一番大切にしてあげるのは、まず自分、です。

 

 

3 わたしってほんとうに病気?(今更)

ということで、うつ病と相成ったわけですが、わたしの症状は、どちらかというと軽めで、それに治りが早いです。

休み始めた当初は、まずまともに歩けませんでした。

そして眠い、疲れる。頭が回らない。文章が理解しにくい。たまに死にたくなる。典型的な症状です。

 

ですが、薬を飲み始めてしばらくすると、まず元気になりました。疲労感がかなり軽減され、歩けるようになりました。

そして、車の運転もそこそこできるようになりました。ちょっとだけなら本も読めます。二次創作くらいの軽めの文章ならスラスラです。

死にたくなることは一切なくなりました。

 

ただ、気分はうっすら暗いままです。

将来への漠然とした不安と、休むに至った経緯がトラウマになって残っています。体力も完全には回復していません。ちょっと動くと翌日は長めに寝てしまいます。脚本は書けません。創作意欲がほとんど湧きません。(夢は諦めていませんよ)

けど、家にいれば、ごくごく普通に過ごすことができます。

自分で自分が病気なのか未だに信じられない所がありますが、今の段階まで回復する前は確実におかしかった。

やっぱりわたしはうつ病なんですね。

 

医者からは短くて半年は休んでもらうからねと言われています。

まだ半年はたっていませんが、早くてそろそろ復帰が見えてくる頃です。

公務員だから安心して休むことができる幸せ。こんなことになったのは公務員として働いた結果なのに、ちょっと皮肉です。嫌いになり切れない嫌な仕事です。

自覚して、ゆっくりしっかり前に進まないとな、と思います。