小心者でも言いたいことがある。

公務員として働いていましたが、うつ病になりました。

目指せ脱公僕~脚本家になりたいぞ~

こんにちは。中瀬一菜です。

今日は脚本家になりたいと思ったきっかけについてお話したいと思います。

 

さりげなく、脚本家になりたいとか、映画やドラマの感想を素人脚本家目線で語っていますが、小説家はともかく脚本家ってどうしてそこ狙ってんの感がすごいよなぁと我ながら思いまして…

脚本がなんたるかは、テレビ番組でも取り上げられてますし、そこは省くとして…なんで「紙に文字」ではなく、「映像と声」に走ったのかをお話します。

 

 最初は、小説家志望でした。

何万字も書いて、公募に出したりしてました。自分で作った登場人物を動かして、自分の考えた物語や自分の考えた今伝えたいことを表現できるのが、すごく楽しかったんです。

でも、なんだか今の風潮と自分の書きたい・目指したいところがピタッと一致する感じがしなくて…純文学っぽい作品でもないし、ラノベっぽくもないし、今ではキャラクター小説なる合いの子のようなジャンルができつつありますけど…でもでも、登場人物を一番目立たせたいつもりはなく…萌え系なんて絶対嫌だし…

とってもに面倒くさい素人作家だったのです。一番痛いタイプです。

 

ちょうどその頃、友人が芸術系の勉強をしていて、作品を作るためにシナリオの勉強をしたと言っていました。

起承転結や人に魅せる方法を勉強するにはもってこいだと、かなりの力説だったのです。へ~、そうなのねと、その時は聞き流していました。もう就職してしまっていたので、勉強なんて無理無理と、思っていました。

 

が。

就職して、公務員の仕事ってこうなのよ、と見てしまうと…

わたしのしたかったことって、こんな事じゃない!!!と強く思うようになりました。

公務員になっている人って、だいたい定年まで穏便に仕事をこなして…と思っているみたいです。同僚が定年までの年数を数えてましたし。

え?定年までこの仕事続けんの?40年もあるけど正気か???

わたしには無理です。前回の記事で、公務員にしがみついていることを赤裸々すぎるほどさらけ出しましたが、さすがにそれは無理です。何が無理って、私の人生、公務員になった時点でほぼ終了~☆人生ゲーム的に言うとこのままトップでゴールできちゃうね!みたいな意図していない早上がり…ちょっとそれはわたしの考えていた理想の人生ではない…!

me10s2ct.hatenablog.com

 入庁して一月も経たずに、わたしは公務員に見切りをつけました。

でも、すぐ辞めるのは無理です。だってこれ以上お金に困りたくないから。

そこで、確実に小説家になって収入を得られるようになるために、独学では無くてちゃんと勉強しようと思い立ち、友人が熱弁していたシナリオに目を付けたのです。

 

友人が通っていたのは、その手の学校では大手のシナリオ・センターでした。

www.scenario.co.jp

速攻で資料請求をして、東京にある本校の通信基礎科というところに申し込みました。

もともと、独学でしたがちょっとは文字を書いていたので、勉強自体は苦ではなく、むしろ自分が何となく感じていたコツに、名前を付けて説明してくれたので、非常に腑に落ちた、という印象です。

 

とはいえ、小説と脚本は全くの別物。最初は慣れないゆえに脚本に染まり切れず、書くたびに違和感を感じていました。

感覚の話ですが…小説家の場合、何人称の視点を用いて書くかにもよりもよりますが、一人称で主人公の目線で書く場合、作者の目と主人公の目は同じになる感覚があります。もっと言えば、作者と主人公が、同じ人間になります。作中で人を殺せば、それは作者が殺したも同然の感覚になります。

でも、脚本は違っていて、登場人物を一定の距離を保って遠くからじっと観察している感じです。目線は同じにはなりません。周りの風景や状況まで精緻に把握していきます。

…わたしの感じ方ですけど、経験された方は結構共感をいただけるのではないでしょうか。でも、こんな小難しい違和感は最初だけ。すぐに脚本家の頭に切り替わっていきました。

 

何度も何度も脚本を書いて添削を受けているうちに、脚本って面白いと気づき始めました。

小説ではどうしても書ききれないところがあって…これはわたしだけかもしれませんが、登場人物を作って動かして…としていると、頭の中で映像で出来上がっていくのです。ご丁寧にコマ割りというか、カットまでついている状態です。声もついてますし、顔だって詳細にイメージが浮かんでいます。何なら、その時の温度とか、音も。

こんな細かい情報…小説では書ききれません。いや、私が書きたいと思う量を、書ききってしまっては作品にならないというか…

この点、脚本では書ききれるんです。

もちろん、限度がありますし、「演出」との役割分担的なところを考える必要はありますが、こういう細かな状況を書くことはどちらかと言えば推奨されています。

 

わたしの頭の中のものを、書ける喜びってすごかったです。

通信でひとりでコツコツ書いていても、楽しいんですよね…いいものに巡り合えたと思っています。わたしが本当にやりたいのはこっちか!と…

それに、ちょっと嬉しいことがあって、習作がセンター発行の雑誌にちょこっと紹介されたんです。めちゃくちゃ嬉しかったですね…わたし、ちゃんとできてるじゃん!と自信を持てました。

 

そう思い始めると、止まらなかったです。

ドラマや映画を見漁って、好きな脚本家さんができて…わたしの生活に、新しい世界がひとつ増えました。

センターに通う前の夢が、新しくバージョンアップされました。

連続ドラマの脚本を書きたい。映画の脚本を書きたい。自分が携わった映像作品のノベライズ版を出版したい。本を出せるなら、表装もやりたい。

 

それは、うつ病になった今も、引き続き夢のまま大切にしています。

なんなら、人生経験が浅かった分、死にかけた(大袈裟ですけど希死観念はありましたから)経験を生かしてやるぞ、ただで転んで起きると思うなよと、素人ながら作家根性逞しく今日を生きているわけですが…

いまはまだ集中して書けるだけの体力はないので、控えていますが、いつかこの場に習作を掲載できるようになりたいな。

直近の目標はまずそこからですね。