小心者でも言いたいことがある。

公務員として働いていましたが、うつ病になりました。

小心者でも言いたいことがある。

うつ病の原因が「笑える思い出」になるまではめちゃくちゃ遠いし時間がかかる

こんにちは。中瀬一菜です。

ここ数日更新を怠っていましたが、その間に何があったのかをお話したいと思います。

  

 

1 リワーク支援

 うつ病で休職中のわたくし。一日中寝ているだけの期間は済みまして、今はちょっとずづ職場復帰に向けて自主訓練をしています。図書館にかよったりいろいろと。

だいぶ安定してきたので、主治医からリワーク支援を受けてみてはどうかと言われました。

独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構というのはありまして。

www.jeed.or.jp

ここでは、うつ病などで休職中のわたしみたいな人達が復職(リワーク)するのを支援する取組みもなされているそうです。

各県に障害者職業センターという支局のようなものがあって、そこで受けることができます。ちなみに東京都だとこんなかんじ。

www.jeed.or.jp

各支局ごとに案内があって、パンフレットがあります。障害者といわれるとなぜかグサッとくる…障害…そうか…これは障害…

わが県にもこういう施設はありまして、休養第一だけど、出来そうなら行ってみれば?と言われたのです。言われたときは、職場復帰に一歩近づきましたから、やっほい!!!いったるぜ!!!くらい思っていたのですが…

目の前に職場復帰がぐんと近づいてしまったゆえに、うつ病になる原因にもなったアレコレを鮮明に思い出してしまいました。そして、やっぱり気分が落ち込んでしまい、しばらく何もできなかったのです。

f:id:me10s2ct:20180704145300j:plain

職場のカウンセラーさん曰く、公務員は使用できない制度なので、結局この悩みは一体何なんだ感があるのですが…この事件で悟ってしまいました。(下記リンク内にその旨の解答が掲載されています)

――わたしの中で、うつ病の原因になったアレコレはまったく風化していなかった、と。

www.jeed.or.jp

 

2 燻っているアレコレは未だ生傷だった

 職場のことを思い出すことなく毎日を過ごしてはいますが、咄嗟の時にこうなるとは思いもよりませんでした。

いや、むしろ、これだけブログに書きなぐっているのですから、過去のお話…とはまではいかずとも、こんなこともあったよねと受け流せるとなんとなく考えていました。まったく甘い考えでしたけれど…

 もう長く休んでいるのに、当時言われて傷ついた言葉や対応をくっきり鮮明に思い出せるんですよね。

 

うつ病の初期症状が出始めてフラフラだった時に、「ちゃんと仕事してください」的なことを言われたな…なんて…

でもその言ってる本人は杜撰な仕事しかしなくって、単なる出先・本庁との橋渡しとしか思っていなくって…

わたしとしては、仕事はきっちりこなすもの!仕事ができない奴はクズ!くらいに思っていたので、それが思いっきりブーメランになって返ってきたと思って、精神的な殺人だくらいに受け止めていました…

 

完全に駄目なパターンです。

なんとか気分の落ち込みから抜け出さないといけないんですが…いかんせんやる気が出ない。

とりあえず、前々からやろうと思っていた部屋の整理整頓だけはなんとか済ませることができました。これ以外は何も手がつかない。Youtubeとかなり仲良くなりました。

 

そうこうしているうちに、職場のカウンセリングの日がやって来てしまい…

中瀬「これがこうで、あれがああで、気分が落ち込んでます」

カウンセラー「なるほど。でもちょっとは落ち着いてますね。なにかしたんですか?」

中瀬「(なにかもなにもない…時間が解決したんじゃないの…)」

カウンセラー「(生活記録表を見て)掃除してますね。これがよかった?」

中瀬「掃除…気分が変わりましたね、確かに」

カウンセラー「掃除はいいんですよ。ゴミとか出たりするでしょ。ああいうのが、自分の中の悪いモノを出すみたいになるんです。スポーツで汗をかくのと同じですね」

中瀬「へ~~~」

 

運動嫌いなのでいい事を聞きました。いい収穫ができたな~~~と思ってると、カウンセラーさんは話を続けます。

カウンセラー「ちなみに、どんなことをおもいだしたんですか?」

中瀬「あれがこうで、それがああで、こんな感じです」

カウンセラー「それは…私でも酷いと思うよ…まだ中瀬さんの中では笑える過去にはなってないんですね」

中瀬「その通りっス」

カウンセラー「それが笑えるようになると良いねぇ。でも、今回はよく掃除しようと思いましたね。きっと体の中で、自分を守ろうとしてるんだと思いますよ。今日も職場まで来るのが大変だったでしょう。よく頑張ってると思います」

 

 ふむふむ…言われてみると、わたしってばお掃除もあんまり好きくなくって…あっという間に部屋がごちゃごちゃになるタイプなのですが…

そんなわたしが掃除をして整理整頓をしようだなんて、一体なんの思いつき!?!?!?って感じです。意図して、というよりも、無意識に、ぱっと思いついた感じです。直感的にというか。

そう思うと、カウンセラーさんのいうことはまさにその通り。またひとつ新しい気付きがありました。わたしの体の中には、わたしが知らないところで自分を守ろうとする力が働いているんだなぁ。 

あと、日々なにもしてない~~~と思いながら生きていたのに、「頑張ってる」と言われると、なんだか泣けてきました。そうか、こういうところでも、わたしは無意識に頑張ってたのね。

堕落しようと思えば、どこまでも落ちていける。けど、通院しているし、カウンセリングも受けているし、直そう・復帰しようと思って、毎日生活記録表をつけてたりする。このレベルのことでも、頑張ってるうちに入っていて、褒めてもいい事なんだと、これもまた新しく気付いたのです。

 

 

3 「笑える思い出」になるまで

 笑える思い出になるまで、いったいどれくらいの年月が必要なんだろう?

わたしが過去に忘れたい!と思った思い出が、初バイトの経験。

某野菜たっぷり系ファストフード店でレジをしていました。その時は怒られてばかりで、どうやって教えを請えばいいのかもわからず、ただ忙殺されて、800円未満だったかなそれくらいの安い時給で使いつぶされていました。

パートさんとアルバイトの確執。店長と店員の不倫。仕事が遅いアルバイトへの露骨ないじめ。お局アルバイトへのごますり――思い出すだけでも嫌になる。

辞めてしばらくは、その某ファストフード店の看板すらまともにみられませんでした。

ですが、今では普通に注文できるし、うめ~~~!!!とも思います。

 

…この思い出がリアルタイムだったのは、3年以上前です。

と思うと、今回のアレコレが風化して、酒の席で鉄板の自虐ネタとして振舞えるのは…まだまだまだまだずーーーっと先かもしれませんね。

こればっかりは、時間が解決してくれるのを待つ…とか、新たにもっと楽しい思い出を増やすとか、そうでもしないと解決しないよなぁ。

 人で傷つけられたら、人にしか治せないよと…どこかで聞いたことがあるけど、結局うつ病といってもこういったところまで薬で治るわけはなく。 精神論で補強しつつ頑張るしかないんですね。

リワークプログラムも受けられないことですし(これはマジで納得できない)、ここはひとつ自力で頑張ってみます。自助努力あるのみ。